谷根勘左衛門宅の焼死火事
どんな伝承か
享保二年、谷根村の勘左衛門と弟の善七は、ともに炭焼きの出稼ぎに出ていた。勘左衛門は刈羽郡の長岡領高尾村へ賃炭を焼きに行き、善七は信州辺へ出て、家には両人の妻子ばかりが残っていた。閏九月二十六日の夜八ツ時分、積み置いた稲に囲炉裏の火があおられて出火し、家財ともども焼失した。焼死したのは勘左衛門の妻二十九歳と、男子太郎九歳、次郎助五歳、いま一人の男子二歳である。付け火ではないかと御勘定所が吟味したが、両人は日頃恨みを買う者もなく自火に紛れないとして、庄屋・組頭が焼失した品々を書き上げ、閏九月二十八日付で口上書を差し上げた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史・自治体史(民俗))
新潟県柏崎市の信仰と俗信を網羅する。