住職に詫びて泉を掘った永福寺の河童
どんな伝承か
市ノ川の万松山永福寺には、河童の詫び証文が伝わっていたという。夕暮れ、弥平爺さんの馬が川から上がらず、百姓衆が引き出すと、河童が後ろ脚にしがみついていた。棒で打ちすえていると永福寺の住職が止め、河童に謝らせた。河童は二度と人にいたずらしないと詫び証文を書くと約束し、寺へ連れて行かれた。証文を書いた河童は命の恩返しをしたいと言い、住職が水に困っていると答えると、寺の近くの草むらに飛び込んで姿を消した。のぞくと澄んだ水が湧き出しており、この泉はどんな日照りにも枯れたことがないという。
原典より
この井泉それ以来今日まで、いかなる日照りの年にも水枯れしたことがないという。—— 東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史)
『東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説』は、東松山市の市史の民俗編のうち、伝説の部分を収めたものである。岩殿山の悪龍退治や比企一族の落人の話、永福寺の河童の詫証文、箭弓神社の銭絵馬、狐に化かされた話、神かくし、雪女郎など、市内の寺社・坂・沼・塚にまつわる四十六話を載せる。多くは会話を交えた物語の形で書かれ、筆者が幼い頃に母から聞いた話や古老から聞いたままの話も含み、末尾に〔 〕で由緒や文献の注を添える。