禰美神社の斧鉈鎌の神饌
どんな伝承か
若狭三方郡の禰美神社は、中世には園林寺の鎮守二十八所明神と呼ばれていた。ここでは神饌として斧・鉈・鎌・鳥居・餅花などの形をしたものが部落ごとに献じられ、とりわけ斧・鉈・鎌はその部落が宮山に入って木や草を伐り出す権利の大小を表していたという。年に一、二回の晴れの機会に、集団の願望や契約の最も基本的なものが象徴された神饌の例である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗(原田敏明・池上廣正・平山敏治郎・堀一郎ほか・日本民俗学大系・昭和(民俗学))
『日本民俗学大系 第8巻 信仰と民俗』。原田敏明・池上廣正・平山敏治郎・堀一郎らによる十論考からなる日本民間信仰の総合的研究。原田敏明「総説」は信仰と民俗、宗教の起原(スペンサーらの学説・アニミズム)、村の信仰と都会の宗教、シャマニズムを論じる。池上廣正「霊と神の種類とあらわれ方」は神の種類(名社大社の祭る神・雑神)、神のあらわれ方、霊の種類(人霊・自然霊)・霊威、農と神・田植えの儀礼を扱う。