銭を咬え取る外道
どんな伝承か
竹松の家から東方二十町ばかりの字赤松という農家の集団地に、内藤権十という者が借家をして小店を開いていた。たびたび銭箱の中の銭が不足するので女房を疑い、たびたび喧嘩をやらかし、女房は濡衣を着るのは残念だとして、しばしば離縁話を持ち出していた。夏のある日、権十が店の次の間で横になり午睡をしかけていると、一匹の外道が土間から店の戸棚の前へ飛び上がり、そこにあった銭箱の孔へ頭を突っ込んで札を一枚咬え出し、土間へ下りて逃げるのを見た。家主が外道持ちで名のある者だったので騒ぎ立てずにいると、また一匹やって来て、今度は二銭銅貨を咬え取って逃げた。これで長年の女房の濡衣は晴れ、権十はほどなく他へ移転したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・昭和初期(1927))
心霊研究家・岡田建文が昭和二年(一九二七)に著した『動物界霊異誌』。現代物理は宇宙の大物理の末梢に過ぎぬとの立場から、動物の霊異を迷信的虚妄として退けず証明すべき事例として収集する。蝦蟇(ヒキガエル)の章では、蛇を埋めてクリ茸を生やし食う怪(島根波根東村)、背に五寸釘を刺され口から怪光を吐く大蝦蟇(会津若松龍田屋、同時に幼児が高熱)、猫を灰色の液汁に溶かす怪(石見久利村)、慶応二年に浄土寺へ夜ごと現れた武士の正体が蝦蟇だった話を収める。