無人境の温泉で人声に妖怪を疑う
どんな伝承か
単身で鐘釣温泉に一泊した著者は、一日分の糧食を買い、宿の主人が急ごしらえしてくれた背負い具に負って、曇り空をものともせず無人境へ踏み込んだ。少し雨に降られたがすぐに晴れ、六尺の杖を蛇よけと崖伝いの支えにしながら、奇岩や深い谷を仰いで仙境にいる心地で進んだ。午前十一時、婆谷の温泉場に着いて軒下で休んでいると、誰もいるはずのない棟続きの長屋から人の話し声が漏れてきた。一瞬、妖怪か山賊かと身構えたが、確かに人の声である。戸外から大声で誰だと怒鳴ると、雨戸を開けて大男が三人現れた。聞けば大黒鉱山の炭焼き人夫で、本願寺の法主を拝みに山を下る途中だった。
原典より
人の居るべき家ならざるに人聲する不審議 に一時は、 =此妖怪!山賊!と奇異なる感念が起きたのてあつたが、…—— 修養と通力(高橋宮二(逐堂生)・1913年(大正2年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
修養と通力(高橋宮二(逐堂生)・1913年(大正2年))
『修養と通力』は、高橋宮二が著し、大正二年に東京宝文館から発行した、深呼吸による精神修養と千里眼の実験の記録である。第一編「実験四年」は、修養の方法と焼岳での雪中の修養を述べ、千里眼の能力を得た妻貞子を明治四十三年から四年間養い、福来友吉博士らの立ち会いで透視と念写を試みた経過を記す。第二編「山の趣味」は附録の紀行で、北アルプスの大黒鉱山で雪中に半年埋もれた人夫六人の遺体を片付けた顛末と、黒部谷や中津川への旅を収める。