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空腹で他家に侵入し残米を採る

所在地富山県黒部市宇奈月町黒部(祖母谷温泉)
年代明治大正期
登場高橋宮二ら一行と人夫
出典修養と通力

どんな伝承か

豪雨で一日足止めされた一行は、無人境を旅する命綱の糧食が尽きかけた。前にも後ろにも進めず、雪の消えた所でウドや笹竹の筍を採って温泉の熱湯で煮て飢えをしのいだが、人夫たちは我慢しきれない。著者は、高僧や行者が水とそば粉で修行したことを思い、山暮らしの者がこれしきで騒ぐのかとあきれたが、空腹は働く者の大敵だと同情もした。人夫たちは、釘付けされた棟続きの二階建てに去年の残り米があるはずだと言い、一人が屋根に登って雨戸を外してしまった。中には夜具や昆布、麦焦がし、干魚、味噌があり、米も三升ほど見つかって、一同は久しぶりに粥をすすった。

原典より

彼の棟續の二階建の内には、屹度昨年の殘米があると云ふ、けれ共假令監視者の無い家たり共、破壊して迄搜索する勇氣はない、…—— 修養と通力(高橋宮二(逐堂生)・1913年(大正2年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

修養と通力(高橋宮二(逐堂生)・1913年(大正2年))

『修養と通力』は、高橋宮二が著し、大正二年に東京宝文館から発行した、深呼吸による精神修養と千里眼の実験の記録である。第一編「実験四年」は、修養の方法と焼岳での雪中の修養を述べ、千里眼の能力を得た妻貞子を明治四十三年から四年間養い、福来友吉博士らの立ち会いで透視と念写を試みた経過を記す。第二編「山の趣味」は附録の紀行で、北アルプスの大黒鉱山で雪中に半年埋もれた人夫六人の遺体を片付けた顛末と、黒部谷や中津川への旅を収める。

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