赤碕塔=晴明の墓とハチヤ
どんな伝承か
鳥取県東伯郡琴浦町赤碕の花見潟墓地に立つ赤碕塔は、安倍晴明の墓と伝えられてきた。宝塔と宝篋印塔を混ぜた独特の形で高さ三・二五メートルほど、鎌倉時代末期の製作とみられるから、寛弘二年に没した晴明とは三百年ほどの隔たりがあり、晴明の墓である可能性はまずない。墓地の東端は小字を鉢屋屋敷といい、山陰独特の被差別民ハチヤの居住地跡である。彼らは空也ゆかりを称して鉦や鉢を叩いて回る念仏集団で、石工や竹細工にも従事した。中世には陰陽師もハチヤも賤視される職人であり、両者を重ねたところからこの伝説が生まれたのではないかという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代)