新居宿本陣の御札降り
どんな伝承か
慶応三年八月九日の辰の上刻、遠江新居宿の本陣飯田武兵衛宅の玄関先に伊勢内宮の御札が降った。御札はいったん裏家に祭られ、十日に店先へ移された。同じころ島屋と井桁屋には伊勢外宮、伊勢屋には秋葉大権現の御札が降り、十一日から伊勢神宮への参詣がはじまっている。飯田武兵衛の「温徳日記」による。「新居町方記録」は惣町が騒ぎ、四方の里人が見物に群集して前代未聞の賑わいだったと伝える。新居宿に降った御札は九種六四枚で、うち伊勢神宮が三三枚、秋葉山が二〇枚と、この二種で全体の八割を占めた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・現代(歴史研究))
歴史学者・田村貞雄による、1867年(慶応3)の民衆運動『ええじゃないか』の起源を三河地方の御札降りから検証した歴史研究『ええじゃないか始まる』。伊勢神宮などの御札(御祓)が空から降る『御札降り』を発端とするこの運動の最初期を、従来説より早い7月中旬の牟呂村(豊橋)に特定。神職の記録『留記』を分析し、慶応3年7月14日大西村での御札降り、子と妻の死、宮司森田光尋による『二夜三日正月』の決定と開始、各地への祭礼の波及を辿る。