門跡の駕籠に頭を入れた老婆
どんな伝承か
文政の二、三年ごろのことか。東本願寺の門跡が久しぶりに江戸へ下向すると聞いて、江戸も近郷も大騒ぎになった。棒手振を渡世にしていた語り手は商売を休み、鈴ヶ森の手前まで出て待ち受けた。念仏の声が波のように湧くなか駕籠が目の前まで来ると、背の高い婆さんが人を突きのけて前へ出、垂れを頭ではねのけて駕籠の中へ頭を突き入れた。婆さんの体はすぐよろけて戻り、額には門跡の白い手がかかっていた。遠くの者はそれを、門跡が特別に手を触れたのだと見てとる。ありがたいと群衆が押し寄せ、助けを求める声も届かぬまま、婆さんの髪は一本残らず抜き取られて尼のような頭になった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ・明治末~大正期(推定))