安置所の前に立つ身元不明の娘
どんな伝承か
昭和五十年ごろの四月の話である。青森市営火葬場に勤めるM君が語ったところによると、八甲田山麓の雪谷峠のとある沢で変死体が見つかり、M君は職務として遺体の運び出しを手伝わされた。腐爛が進み、若い女ということ以外に手がかりはなく、身元の分からぬまま遺体安置所に置かれた。火葬を翌日に控えた夕方、部屋を掃除していると飼犬のシロが激しく吠える。顔を上げると安置所の方に、目を閉じ、丸顔にお下げを前へ垂らした娘が、杖を突いて微笑んで立っていた。犬が駆け寄ると娘は安置所へ吸い込まれるように消えた。警察へ報告すると捜索願から身元が浮かび、深夜に駆けつけた両親が、帯の間のぼろぼろの身分証明書で娘と確かめた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 ― 死の知らせ・あの世へ行った話(松谷みよ子・民話・口承文芸・昭和)
松谷みよ子『現代民話考 ― 死の知らせ・あの世へ行った話』を小話単位で全699話収録。死の知らせ・予兆、あの世(地獄・極楽)へ行った話、死者からのサイン、生まれかわりなど、生死とあの世にまつわる現代の民話を全国から採集し地域・話者つきで収録する。各話に採集地(都道府県・市区町村)と話者・回答者を可能な範囲で付す(県判明606話・市区町村判明489話、戦地や場所不明の話を含む)。原典は読者からの投稿・採訪に基づく現代民話の集成。