山県・河村二氏幼童、相伴テ溺死ノ話
どんな伝承か
明治三十六年六月二日の朝のことである。錦見町の河村慶次郎の二男孝蔵と、錦見上谷の借宅に母と住む山県アキの男児清一は、いずれも五歳で、誘い合って遊びに出たまま昼を過ぎても帰らなかった。横山の従兄弟健彦の方へ行ったかと人を遣ったが見つからず、清一の母は横山に水が多いと聞いて自ら橋を渡り、裁判所の門前から廻り角へ行った。横山の内の水は引く勢いで、大溝から芦堀へ落ちる水勢が急であった。母がふとその溝を見ると我が子の死骸が流れ掛かっていた。人を呼んで引き上げ、探ると孝蔵の死骸もその下にあった。芦堀丁へ入る角の石橋を踏み誤り、一人を助けようとして共に溺れたのだろうと人々は言った。
原典より
此談ヲ写者、山県ガ母ニ聞クコトアリ。—— 岩邑怪談録(広瀬喜尚(編:藤田葆/増補:今田純一/付録:静間密)・天保年間成立・明治期増補(原本明治四十三年成稿)/昭和51年(1976)岩国徴古館刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
岩邑怪談録(広瀬喜尚(編:藤田葆/増補:今田純一/付録:静間密)・天保年間成立・明治期増補(原本明治四十三年成稿)/昭和51年(1976)岩国徴古館刊)
岩国藩士・広瀬喜尚(仁兵衛、天保頃の博識家)がまとめた郷土怪談集を核に、明治期に今田純一(散木園主人)が二十余条を増補(追加)し、さらに藤田葆が古老聞き取りの『続怪談録』・歴史的瑞兆を集めた『実事談』・幼童の変死記録を集めた『変死部』を継ぎ、巻末に静間密の怪火・投石怪五話を付録とした、岩国・錦見・横山周辺を舞台とする総合怪異録。