杉岡氏屋敷辺、又亮現院下、白馬之事
どんな伝承か
寛永七年、美濃守広正公が御手廻頭の杉岡四郎左衛門正兼を露地で手討ちにした。正兼は当時勢いの盛んな人であったから、その霊が必ず祟るであろうと人々は大いに恐れた。杉岡屋敷は横山の勢溜りの東、旧御蔵元のあった所で、その東の旧昌明館との間に、馬出しから越の方へ通う小路がある。この小路には暗夜には首のない人が白馬に乗って出るといい、人は皆通行しなかった。また錦見の亮現院観音の山所には正兼の墓があり、この寺の下にも暗夜には必ず首なき人が白馬に乗って出るといって、通る人がなかった。廃藩まで言い伝えられたが、明治の後は絶えて語る者がないという。
原典より
寛永七年、美濃守広正公、御手廻頭杉岡四郎左ヱ門正兼を露地に於て臨御手討なされ、正兼は此時勢力盛なる人にて有しかば、其霊、必祟を成んと、人々大に懼れを成しけり。—— 岩邑怪談録(広瀬喜尚(編:藤田葆/増補:今田純一/付録:静間密)・天保年間成立・明治期増補(原本明治四十三年成稿)/昭和51年(1976)岩国徴古館刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
岩邑怪談録(広瀬喜尚(編:藤田葆/増補:今田純一/付録:静間密)・天保年間成立・明治期増補(原本明治四十三年成稿)/昭和51年(1976)岩国徴古館刊)
岩国藩士・広瀬喜尚(仁兵衛、天保頃の博識家)がまとめた郷土怪談集を核に、明治期に今田純一(散木園主人)が二十余条を増補(追加)し、さらに藤田葆が古老聞き取りの『続怪談録』・歴史的瑞兆を集めた『実事談』・幼童の変死記録を集めた『変死部』を継ぎ、巻末に静間密の怪火・投石怪五話を付録とした、岩国・錦見・横山周辺を舞台とする総合怪異録。