森木街、女怪の事
どんな伝承か
近頃、森木街の横町、井上文人の邸のあたりに、夜がまだ明けぬうちから年若い女が佇んでいる。食物を持って行く人があると、その人の前後に付き添って歩き、新町や善教寺小路の端まで来るとかき消すように失せる。住まいや姓名を問うても聞こえぬふりを装い、時には物狂わしく見せて笑うばかりで答えない。同じ街の小国氏に雇われていた女も、前年、薄暮に魚を買って帰る途中、村田氏の門前で急に四方が暗くなり一歩も進めなくなったが、魚を袖に入れて立ち、しばらく瞑目していると、目を開けたときには道は元どおり明らかであったという。狐の業であろうと按じている。
原典より
近頃、森木街の横街井上氏文人邸の辺りに、夜の未だ明ざる内、年若き女、佇み居て、何か食物を持行く人あれば、其人の前後に伴ふて行き、新町又善教寺小路の端まで来り、かき消す如く失せぬ。—— 岩邑怪談録(広瀬喜尚(編:藤田葆/増補:今田純一/付録:静間密)・天保年間成立・明治期増補(原本明治四十三年成稿)/昭和51年(1976)岩国徴古館刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
岩邑怪談録(広瀬喜尚(編:藤田葆/増補:今田純一/付録:静間密)・天保年間成立・明治期増補(原本明治四十三年成稿)/昭和51年(1976)岩国徴古館刊)
岩国藩士・広瀬喜尚(仁兵衛、天保頃の博識家)がまとめた郷土怪談集を核に、明治期に今田純一(散木園主人)が二十余条を増補(追加)し、さらに藤田葆が古老聞き取りの『続怪談録』・歴史的瑞兆を集めた『実事談』・幼童の変死記録を集めた『変死部』を継ぎ、巻末に静間密の怪火・投石怪五話を付録とした、岩国・錦見・横山周辺を舞台とする総合怪異録。