襖の引手穴を潜る老人
どんな伝承か
明治四十年ごろ、十勝の茂寄原野の開墾地に、岡山の元藩士という酒好きの老人が住んでいた。欲がなく人に好かれたが、金が入ると酒に替えるので年中貧しく、掛け取りが来ると、手を合わせて精神を統一し、体を三尺から五尺ほど宙に浮かせて輪を描くように回って見せ、支払いを待ってもらっていた。開墾をしていた知人が訪ねると、老人は襖の引手を外した小さな穴をくぐって隣室へ抜けて見せ、疑われると二人に左右から襖を力いっぱい押さえさせたうえで、もう一度穴をくぐってみせたという。
原典より
スルト老人は自分は、そんな瞞着は遣らぬと云って、K氏と其書生とをして、両手で力一杯に左右から襖を押させて置き、再び前の通りに穴を潜って見せた。—— 幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談)
『幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵』は、岡田蒼溟による霊怪の事例集である。祟る石、出雲の瀧姫行者、神西湖の妖怪、但馬の抜け首、黄金の精、海の牛鬼、天狗などの怪異を、著者自身の見聞や知人の談話、古い文書からの移載によって集め、明治・大正期の出雲や松江周辺の事例を多く含む。項目によっては【解題】や註を添え、事例の後に「第二編」と附録の「天狗考」を続け、巻末の「解説の欄」で生霊・疫神・物体の飛来などを心霊研究の立場から論じる。