附錄:福來博士の念寫實驗其後の發展並に念寫の理論
どんな伝承か
福来博士が世に紹介した我が国初期の念写実験は、明治四十四年に科学者の激しい反対によってその発達が阻まれた。その後、高橋官二夫人貞子の実験が加わり、大正二年に報告書『透視と念写』が公刊された。次いで山梨県南都留郡鳴沢村出身で、大正六年秋まで同郡西桂村小学校に勤めていた渡邊偉哉が実験に成功し、博士はこれを新たな発展として天下に紹介した。
原典より
福來博士に依て天下に紹介せられた我國の初期の念寫實驗が、科學者の横暴なる反對に依て其發達の萌芽を蹂躪せられた事は去る明治四十四年であつた。—— 現代心霊現象之研究(エッチ・カーリントン・心霊研究・大正〜昭和(戦前)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代心霊現象之研究(エッチ・カーリントン・心霊研究・大正〜昭和(戦前))