安産の聖観音を守る観音講
どんな伝承か
天籟寺の観音講は、土地を上方と下方の二組に分けて営まれた。上方は座元を順に回したが、下方はいつも大岡家が座元を務め、当番はご馳走をこしらえて運び込んだ。大岡家には、小倉騒動の折に城から逃れようとした奥方が身を寄せた際に残したという穴生寺の聖観音像があり、いまも安産の仏として信心を集めているためである。毎月十七日の夜、上方は座元の仏壇の前、下方はこの観音像の前で御詠歌をあげ、そのあと会食した。膳は各戸から集めた米の握り飯に、季節の野菜や焼き豆腐の煮付けなど精進の菜を添えたもので、子や年寄りも連れ立って参った。農村だったころは盛んだったが、昭和の初めには絶えた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北九州市史 民俗(北九州市・北九州市史)
北九州市編『北九州市史 民俗』を全354話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。