御行の松と埋不動
どんな伝承か
下谷中根岸の御行の松は、目通り一丈三尺、樹齢千三百年といわれた老木である。源義家が奥州へ向かう折に白旗を掛けて道しるべにしたので旗懸松とも、一帯が時雨が岡と呼ばれたので時雨の松とも呼ばれた。松に付いていた朱印のうち、享保の頃に残った七石分を名主の与作が横領し、松には肥やしもやらなかった。すると松の霊の怒りに触れ、与作は音無川の丸木橋で足を踏み外して溺れ死に、家も絶えたという。また寛永六年の秋、鷹狩帰りの将軍家光がここで落馬し、不動堂の前を乗り打ちしたせいだと聞いて怒り、金仏の不動を松の根元に埋めさせた。その上に石の不動を据えたのが今の堂で、埋不動の名の由来と伝わる。
原典より
所が松の靈がお腹立ちになり、與作は其の罰で音無川の丸木橋を渡る時、足を踏みはずして、溺死して終った。—— 江戸傳説(佐藤隆三) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
江戸傳説(佐藤隆三)
『江戸傳説』は、佐藤隆三が著した江戸と東京の伝説集である。将門の首塚、番町皿屋敷、お玉ヶ池、置てけ堀、縁切榎、矢口渡など、市中と近郊の塚・池・坂・井戸・寺社にまつわる由来譚や、化け狐・猫又の怪異を、『江戸名所図会』『将門記』などの記録を引きつつ語る。目次に四十の項を番号順に並べ、口絵の図絵と目次番号に対応した伝説分布図を添え、巻末に資料参考書目を付す。