野口秀房が納めた将門の位牌
どんな伝承か
金剛寺の本堂には、将門平親王朝臣代々尊霊と記された位牌がある。『新編武蔵風土記稿』はその背の銘を伝え、新皇の位を立てたのは山中の棚沢であり、それゆえその地に宮を置いて先代から敬ってきたこと、三田の先祖は七十四代まで無事だったが、永禄六年に弾正少弼綱秀が死んで一族が滅び、野口ばかりが生き残っていま八十九歳に及ぶこと、そこで位牌を作って三田の菩提所に納めた由が、寛永四年八月吉日の日付で記されているという。野口秀房はこのとき位牌を三基つくり、残る二基を二俣尾の海禅寺と天寧寺に納めたと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・(平将門伝説の研究書))
梶原正昭・矢代和夫『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』を、論考の節単位で全67事例として収録した研究書(地域伝説集ではない)。平安中期の平将門(承平天慶の乱)をめぐる伝説を、英雄の死と伝説の誕生(冥界・調伏・怨霊・首の怪異・七人の影武者・妙見信仰・石化)、落人たちの運命(将軍太郎良門・如蔵尼の堕地獄と救済・滝夜叉姫・桔梗塚の寵妃・後裔と将門遺跡)、将門伝説の展開(馬の文化・関東一円の分布圏・文芸化・首塚の祟りと再評価)として論じる。