母の姿だけを追った回復の兆し
どんな伝承か
事故から三カ月ほどたった1984年11月、意識不明が続いていた山本江里子さんは、ようやく片目を開けられるようになった。初めは何の反応もなかったが、やがて母の和子さんがベッドの周りを歩くと、その姿を目で追うようになった。医者に伝えても取り合ってもらえず、母は医者を病室に連れてきて歩いてもらったが、娘の目は医者を追わず、母が歩いたときだけ動いた。これが意識回復の最初の兆しだった。本人は後に、母の姿がぼんやり行き来するのが見え、医者がそんなはずはないと否定する声も聞こえていて、それがつらかったと語っている。
原典より
しかし不思議なことには医者の姿を目で追うということはしない。—— 証言・臨死体験(立花隆・臨死体験・ノンフィクション・1996年(平成8年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
証言・臨死体験(立花隆・臨死体験・ノンフィクション・1996年(平成8年))
『証言・臨死体験』は、立花隆が文藝春秋の雑誌『クレア』に連載し、一九九六年に単行本として刊行した臨死体験の証言集である。俳優の安田伸、作家の水上勉、彗星探索家の木内鶴彦、プロレスラーの大仁田厚、映画監督の羽仁進など、病気や事故で死の淵に臨んだ二十三人の体験を、本人や家族からの聞き取りで記録する。各章は人物の略歴と前置きに続けて問答形式の談話を載せ、本人の著書や手記からの引用も交える。