十三度の法事が残した宮久保の塚
どんな伝承か
韮崎市穂坂町宮久保の八丁平に「十三塚」と呼ばれるものがある。誰の塚であるかは、はっきりとは伝わっていない。ただ昔から、人が死ぬと三日、七日にはじまり、二七日から七七日まで七日ごとの忌日を重ね、さらに百ヶ日、一年忌、三年忌、七年忌、一三年忌と、あわせて十三度の法事を営んだ。そのたびに塚を築き、中へ経文を納めて死者の冥福を祈ったという。おそらくはその種の塚であろうと『北巨摩郡誌』などは推している。
原典より
宮久保八丁平に「十三塚」というのがある。—— 韮崎市の民話伝説(昭和四十二年(1967)刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(昭和四十二年(1967)刊)
山梨県韮崎市(穴山・穂坂・清哲・神山・大草・藤井・竜岡・中田・円野ほか各町)に伝わる伝説・民話を、木/石/水/塚/坂・峠/山/谷・沢/屋敷跡・城址/祠堂/その他 の各部門に分類して集成する。武田信玄・勝頼ら甲斐武田氏や新府城にまつわる伝承、日本武尊・源為朝・弘法大師の旧跡、御神木や霊石・霊池の怪異、稲荷・地蔵・観音の霊験、狐狸むじな・河童・鬼の昔話など、韮崎の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地区つきで網羅する。