転塚
どんな伝承か
観音山の中腹に、明治二十五年の暮れ、芭蕉の二百年忌に際して、この道の人たち、穂坂直光らが句碑を建てた。以来「ころがし塚」として長く親しまれてきたが、先年、平和観音の近くへ移された。旧碑が民家に埋もれていたのを、再建を機に新旧二基を揃えたもので、右が旧、左が新、ともに「こがらしや、いは吹きとがる杉間かな」と刻む。芭蕉がいつ当地に杖をひいたかは定かでないが、来たことは確からしい。吟詠の場所は白ひげ神社の北方で、今も杉の古株が残り、おそらくその辺りではないかと古老はいう。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(昭和四十二年(1967)刊)
山梨県韮崎市(穴山・穂坂・清哲・神山・大草・藤井・竜岡・中田・円野ほか各町)に伝わる伝説・民話を、木/石/水/塚/坂・峠/山/谷・沢/屋敷跡・城址/祠堂/その他 の各部門に分類して集成する。武田信玄・勝頼ら甲斐武田氏や新府城にまつわる伝承、日本武尊・源為朝・弘法大師の旧跡、御神木や霊石・霊池の怪異、稲荷・地蔵・観音の霊験、狐狸むじな・河童・鬼の昔話など、韮崎の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地区つきで網羅する。