俊寛
どんな伝承か
脇本の馬場部落には、僧都川と呼ばれる古井戸が残る。深さは二メートルに満たないが、一年を通じて涸れることがないという。鬼界島に取り残された父を助けようと図った子の有王は、阿久根の浜へ渡り、漁師の一家を頼んで、連れ出した俊寛をかくまってもらった。俊寛は身を休めた家の裏山で湧き水を見つけ、その近くに庵を結ぶ。位が僧都であったことから、庵はそうず屋敷、井戸は僧都川と呼ばれるようになった。世話をした漁師の家は江戸期に百姓となり、薩摩藩の門割制度では俊寛の屋敷の名にちなんで双津門と名づけられ、その子孫という双津家には形見の品が家宝として伝わった。山内寺へ向かうとき俊寛が馬に乗るのに使った踏石も今に残る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。