俊寛
どんな伝承か
治承三年の初夏、子の有王丸によって鬼界島から救い出された俊寛は、脇本の馬場下浜に身を隠して暮らしたという。やがて体力を取り戻すと、水に乏しい村を助けようと水源を探し歩き、ついに湧き水を掘り当てた。村人はその井戸を僧都川と呼び、父子が近くに構えた住まいを僧都屋敷と称した。屋敷の名は後に双津屋敷と変わり、双津という姓となって残っている。父子はさらに安全な土地を求めて野田の山内寺へ移り、世の動きをうかがっていたが、源氏の挙兵が近いと見るや、この地にも病で果てたように装って自分の墓石を残し、都をめざして旅立ったと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。