為朝松
どんな伝承か
一一〇五年の頃、京都で乱暴して九州へ追われた源為朝は、今の恋ノ原に住みついた。追われる身の為朝は、人里はなれたうしろさこの山のふもとに横穴を掘って住み、人目をさけて暮らしていた。ある朝、狩に出た為朝が野原で動くものに矢をつがえたところ、朝日に照らされて現れたのは茶つみに来た村の長者の娘であった。二人は恋におち、人目をさけて原っぱで会ううち、村人はそこを恋ノ原と呼んで邪魔をしないよう気を配るようになった。六年後、保元の乱で父為義に呼びもどされた為朝は、いつも会っていた恋ノ原に松を植え、この松が大きくなるほど恋する心も大きくなろうと言い残して京へ発った。松は五本の枝を広げて育ち「為朝が松」と呼ばれたが、為朝は乱に敗れて伊豆大島に流され、二度と姿を見せなかったという。
原典より
京都で乱暴して九州に追われてきた源為朝は今の恋ノ原に住みつきました。—— 日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。