自ら人柱となった干拓の監督田代
どんな伝承か
今福から江迎にかけての海を干拓する工事で、どうしても潮止めができなかった。監督の田代は、袴を横ぶせに着ている者を人柱に立てようと言い出す。ところが調べてみると、その条件に当てはまるのは自分自身であった。田代はそのまま人柱として埋められたという。土地には観音像を三十三体刻んだ石塔が残る。父を失った娘はそれきり口をきかなくなったが、あるとき雉を目にして、突然「雉も鳴かずば」の歌を詠んだと伝わる。出典は『長崎県郷土誌』。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。