うつぼ舟
どんな伝承か
天武天皇のころ、豆酘の海に箱形の大きな船が一艘、神崎の岬の王瀬に流れついた。これを虚船といい、昔、宮中で不義をした者を乗せて流す船だと言い伝えている。豆酘の人々は恐れて近づかず、出潮が強くなる前に引き揚げた。内院側の海は穏やかだったので浮津浦の人々が近づくと、船にはきれいな着物を着た美しい女とその召使いが乗っており、内院の女御だと名乗った。船は王瀬と岬の間にはさまって引き出せず、人々は二人を自分たちの舟に移して浮津浦へ連れ帰り、一軒の家を与えて永く住まわせた。それで神崎の三角岩を王瀬と呼び、村の名を内院と呼ぶようになったという。のちに召使いが朝日に向かって小便をして孕み、僊山の沢上の御手洗川のほとりで天道童子を生んだ。
原典より
今を去る一二八八年前、天武天皇の頃のことです。—— 日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。