お安御前の楠の人柱
どんな伝承か
徳島本線沿線、美馬郡半田町の山間に、お安御前の祠がある。お安御前母子の霊を弔うために建てられたもので、旧暦の三月二四日になると「腹ぼて市」という催しが開かれ、大勢の妊婦が参拝する風習がある。豊臣秀吉が朝鮮征伐の軍船を造るため諸国に楠の供出を命じたとき、半田の庄の楠は神木として大切にされており、斧を打ち込んでも鉄のように硬く、切り込みをつけることもできなかった。修験者の祈祷では、神木を倒すには妊婦の生血を供えねばならぬというお告げであった。代官の妻お安が身を捧げて楠は伐り倒され、その木で造られた船は大安丸と名づけられたが、処女航海の際、鳴門海峡の沖で沈んだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊大全(中岡俊哉・1970年代~1980年代)
奇怪なお菊人形(心霊大全)/心霊写真と自殺者の霊/北海道の怪奇現象/憑依と祟り/中岡俊哉の心霊蒐集