七人塚
どんな伝承か
三好郡池田町には七人塚の由来がいくつも伝わる。上屋敷の人が下屋敷へ正月礼に行った留守に七人同志という盗賊が入り、それを吉村善右衛門らが討って七人同志の塚として葬ったという。また長宗我部に敗れた白地城の七人の侍が馬路の峰まで逃げて自害した所ともいい、馬路の七人塚は聖徳太子か古屋の大臣かが七人の家来を連れて切腹した跡ともいう。十月七日と三月七日に祭をする。同じ書は続けて、二宮神社が古宮にあった頃、夜に田が火のように赤くなったので遷宮の知らせだとして今の沼田へ移し、その後お神楽を踏んだ八人が諍いののち火事で焼死し、その八人を埋めたのが八人塚だとも記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第12巻』所収の「文化叙事伝説」全139話(香川・徳島・愛媛・高知=四国)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。