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千町ヶ原を拓いた寝太郎と末益の名

所在地山口県山陽小野田市(寝太郎権現)
年代伝承(口承)
登場寝太郎、堰を築いて千町ヶ原を拓いた男
出典日本伝説大系 第10巻

どんな伝承か

山陽町の末益村は、その昔は潮の満ち干のある入り海だったと伝える。厚狭川のほとりには千石松という大木があり、昔はこの松に千石積みの船をつないだといい、山川の野田には牡蠣の付いた石が残るという。やがて海は埋もれ、広々とした空き地となった。大内氏が四か国を治めていたころ、世渡りの仕事もせず寝てばかりいる風変わりな男がいて、人々は寝太郎と呼んだ。男は厚狭川の水を引けば田になると考え、寝食を忘れること数十日、川上の沓村に大きな堰を工夫して県に訴えた。こうして千町ヶ原が田となり、末永く栄えるようにと村を末益と名づけたという。里人は男の墓に小さな祠を建て、寝太郎権現として今も年ごとに祀っている。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))

『日本伝説大系 第10巻』は、全国の伝説を型ごとに分けて集めた叢書の一巻である。岡山・広島・山口の三県を伝承地とし、蘇民将来、吉備津彦と温羅、厚狭の寝太郎、化け猫、河童駒引き、夜泣き石、姥棄て山などの伝説を、聞き書きや市町村誌、民話集から採って収める。「文化叙事伝説」と「自然説明伝説」の部に分けて番号順に並べ、各話には伝承地と本文のあとに〔類話〕と近世の地誌などを引く〔文献〕を添える。

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