厚狭の寝太郎
どんな伝承か
宇多天皇の御世、鴨之庄に太良という人がいた。父は異人で、田を開く企てを語ったかと思うと白狐の姿になったという。太良は昼夜眠り続けていたため厚狭の寝太郎と呼ばれたが、やがて溝をつけて大井手を築き、千町ヶ原へ水を引いた。水口から稲を一把ずつ取って安楽に暮らし、荒神・稲荷大明神として祭られ、二百十一歳で死んだと伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第10巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全85話(岡山・広島・山口=中国地方)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。