不断桜
どんな伝承か
不断桜は、鈴鹿の白子観音寺が天平宝字年中に焼けたのち、その灰の中から生い出て絶えず花を咲かせたことから名の起こった桜である。称徳天皇がこの由を聞かれて勅使をもって南殿の庭に移し植えさせたところ、一夜にして枯れてしまったので、帝は不思議に思われて再びこれを返されたと伝えられる。その不断桜の一株が、津市広明町の偕楽公園にあるという。『日本伝説大系』は不断桜の条の類話として、この一本を短く書き留めている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。