不断桜
どんな伝承か
白子観音寺は和銅七年、聖武天皇の御願により淡海公が建てたものという。この浦を鼓が浦というのは、本尊の観世音菩薩が鼓に乗ってこの地の漁人の網にかかったからで、波の音が鼓のように聞こえるからともいう。のち天平宝字年中に堂が焼け、その灰の中から一本の桜が生い出て絶えず花を咲かせたので不断桜と名づけた。称徳天皇がこれを聞いて勅使に南殿の庭へ移し植えさせたところ、一夜で枯れてしまったので、不思議に思って再びこの寺へ返されたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。