常盤御前
どんな伝承か
常盤は源義経の母、源左馬頭義朝の妻で、初め近衛天皇の皇后九条院に仕え、のち義朝の愛を受けて今若・乙若・牛若の三子を生んだ。平治の乱に義朝が敗れて殺されたため、常盤は三児を連れて大和の竜門にかくれた。やがて母が平清盛に捕えられ三子の命も危うくなったので、母子の命を助けるためみずから京の六波羅に出て刑に就き、母の赦免を請うた。その途中、吉野から下芳野へ逃れたとき、しばらく岸岡の家に足を留めてかくれていたという。岸岡家はもと岸の岡という所にあり、そこには常盤神社の祠があって常盤明神とあがめる。あたりを常盤屋敷といい常盤井戸が残る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。