駒を帰した地名と二本杉の由来
どんな伝承か
駒帰という地名の起こりには幾つかの説が伝わる。一つは、中将姫を日張山へ捨てに向かった藤原豊成の家臣松井嘉藤太が、山道の険しさに耐えかねてここで馬を留め、引き返させたからだという。もう一つは、豊成が宇陀で狩をした際、道が険しくて馬が進まず、この地で下りて馬を帰したからだとする。その馬をつないだ場所を二本杉と呼ぶ。さらに弘法大師が巡歴の途中でここに立ち寄り、弁当を使った箸を挿しておいたのが杉に育ったとの説もある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。