阿弥陀仏と善光
どんな伝承か
『塵添壒囊鈔』の伝えである。一光三尊の阿弥陀如来は釈尊より月蓋長者に付属され、天竺から百済を経て、欽明十三年壬申に日本へ渡った。のち難波の堀江の不浄の水中に沈んでいたが、信濃国伊那郡の本田善光が年貢のため都へ上る道すがら、堀江の底から光物が出て人を取るからそこを通るなと教えられた。しかし男の恥辱になるとひとり堀江へ懸かって行くと、水底に光物があり、化物が飛び出して善光の頸に飛び乗った。腰の刀を抜いて見返ると、それは弥陀如来の慈悲の眼であった。如来は、我は汝の先生、世々の本尊であるから急ぎ本国へ負い下れと告げ、善光は如来を負って信濃へ帰ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。