野栗の権現様――日本武尊の遺髪
どんな伝承か
上野村でいちばん盛大な祭を行うのは野栗の権現様で、村全体の鎮守のように敬われている。祭は八月一日(旧暦六月十六日)で、村はこれに合わせて三日間の農休みとなる。花火や囃子が出て、神主が川の中に設けたゴタイショのまわりを三度めぐって拝み、明神嶽の方角を向いたところで三か所から掛け声が上がり、神輿が川へ入る。社の裏を流れる清水には、御手洗の水を授かって飲めば乳が出るという信仰から、お礼に納めた割り竹の樋がいくつも並ぶ。祭神は日本武尊の遺髪とも、弟橘媛の遺髪ともいわれる。
原典より
祭神についての伝説では日本武尊の遺髪を祀ったという。—— 群馬県多野郡上野村の民俗 上――俗信・山の怪異(群馬県民俗調査報告書 第2集・群馬県民俗調査報告書) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
群馬県多野郡上野村の民俗 上――俗信・山の怪異(群馬県民俗調査報告書 第2集・群馬県民俗調査報告書)
『群馬県多野郡上野村の民俗 上――俗信・山の怪異』は、上野村で行われた民俗調査の報告のうち、聞書と俗信の部分を収めたものである。川和・住居附・野栗・奥名郷・勝山・野栗沢などで聞いた講、病気の呪い、雨乞い、禁忌と兆、山の神とオコジョ、オサキや狐つき、狐やむじなに化かされた話、一ツ目入道や山姥を、話者や部落名を添えて記す。上野勇の聞書と、昭和二十三年に東部の部落を調べた関口正の報告が入り、井田安雄の「乙父の民俗」は書き出しだけが載る。