亀岡に豊臣家供養塔建立
どんな伝承か
大阪城の戦死者の霊が鎮まらず祟りが続くことを案じた宇佐美は、独力で大阪城での回向を試みたが、かえって身内に不幸が続いたため、死者の霊が押し寄せて霊相が乱れたのだと解釈した。そこで大衆の力を借りようと、友人知己に自然石一個ずつの寄進を募り、これを戦死者の鎮め石とした。数年後、集まった「魂鎮めの石」を用いて京都府亀岡市郊外に豊臣家の供養塔を建立し、浮浪霊の鎮魂を実践したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学・平成(著述))
宗教学者・津城寛文『鎮魂行法論―近代神道世界の霊魂論と身体論』。近代以降の神道界に展開した『鎮魂行法』を、霊魂論・身体論・シャーマニズム論の観点から体系的に分析する。