友清歓真
どんな伝承か
友清歓真(本名九吾)は明治二十一年十月九日、現在の山口市に生まれた。幼少期は病弱な文学少年だったが、父の急死後に政治的関心が芽生え、二十代後半には反権力的な言動で何度も逮捕された。一方で山に籠もって宗教・呪術・占術を研究し、大正六年には英彦山に入山、山上の大雷鳴の中でインスピレーションを受けて回心体験をした。翌大正七年に大本を訪ね、浅野和三郎の鎮魂を受けて感動し入信、後年、独自の鎮魂行法家として知られるようになった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学・平成(著述))
宗教学者・津城寛文『鎮魂行法論―近代神道世界の霊魂論と身体論』。近代以降の神道界に展開した『鎮魂行法』を、霊魂論・身体論・シャーマニズム論の観点から体系的に分析する。