竜宮淵
どんな伝承か
周防国仁保庄の侍三浦介元久が、鷹狩りの途中、御堂原で逸物の鷹に誘われて淵へ飛び込むと、水が裂け分れ、水底に金殿玉楼が現れた。竜宮城であった。正面の御座には安徳天皇、左右には平宗盛ら平家一門が居並び、宗盛から一族の追善を頼まれる。不老長寿の薬を入れた玉の小箱をみやげに淵へ上がると、家では行方知れずから百日が過ぎ、溺死したものとして百ヶ日の法要の最中であった。竜宮の一日は現世の百日にあたるという。元久はその後百余歳の長寿を保ち、仁保に元久寺を建てて平家を供養した。これが今の源久寺で、淵のほとりの供養墓を土地の人は三浦介の生墓とよぶ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第10巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全85話(岡山・広島・山口=中国地方)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。