荒深道斉の出生の霊的因縁
どんな伝承か
荒深道斉は明治四年六月二十七日、岐阜県山県郡中洞村に生まれた。幼名は道太郎、元服して光直と名乗った。後年、彼を通じて多くの神示を伝えた斎主・道臣命が、浅野和三郎の審神者のもとで語ったところによれば、道臣命は現世を去った後も幾度か生まれ変わって国のために尽くそうとしたが果たせず、生きている人に憑ろうとすると憑いた者がみな死んでしまうため、強い霊をもつ子を新たに生ませようと土地と親を探し、美濃の中洞の里の一家を選んだという。名付けの折には、捨吉と名づけようとしていた父の夢に現れ、道と名づければ長寿すると告げたとされる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学・平成(著述))
宗教学者・津城寛文『鎮魂行法論―近代神道世界の霊魂論と身体論』。近代以降の神道界に展開した『鎮魂行法』を、霊魂論・身体論・シャーマニズム論の観点から体系的に分析する。