三方谷の大崩壊と奥池の村
どんな伝承か
三方山の頂上近く、板尾寄りに池があり、今は水も少なく雑木に覆われて訪れる人もまれだが、景清の池と呼ばれている。また奥池の三方谷の上にも大きな池があったが、大雨で池もろとも三方谷が崩れ落ち、その土砂が直海谷川をせき止めて上流に大きな池ができた。奥池の村は、このとき崩れた土砂がつくった台地の上にできた村だという。北陸路は倶利伽羅で敗れた平氏の残党が山奥に住みついた土地でもあり、景清が北陸に来たという伝説も残されている。
原典より
又奥池の三方谷の上にも大きな池があったけれども、大洪雨により池もろとも三方谷を崩壊して埋め立て、その土砂が直海谷川を堰き止め、上流に大きな池が出来て、奥池彼は崩壊した土砂の台地に出来た村である。—— 河内村史 下巻(民俗編)――白山麓の伝説(河内村(編)・河内村史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
河内村史 下巻(民俗編)――白山麓の伝説(河内村(編)・河内村史)
『河内村史 下巻(民俗編)――白山麓の伝説』は、白山麓の河内村の村史の民俗編から、民話・伝説と故事を記した節を収めたものである。白山の千蛇ヶ池や富士山との背くらべ、高ボウケの大蛇、猿仏の名号、おひなの荒、天狗、菊酒、池の金山の伝説など、村と周辺に伝わる話を、白山関係の古文書や郡誌を引きながら記す。第三節「民話 伝説」、第四節「故事 伝説」、第五節「伝説」に分け、話ごとに題を立てて由来や現地のようすを添えている。