氏家宿へ帰りたがったつた地蔵
どんな伝承か
昔、堂っぽで大火があり、そこの地蔵も焼けてしまった。村人は相談の末、氏家宿のつた地蔵を代わりに迎えることにした。助左ェ門は数人で担げば造作ないと請け合ったが、翌朝宿の力持ちが取りかかっても地蔵はびくともせず、二百人がかりでやっと堂っ原へ運んだ。ところが運んだ者は皆高熱に倒れ、看病する家族まで寝込んだ。そのころ夜更けに奥州街道を通った旅人が、堂っぽで元の所へ連れて行ってくれと呼ぶ声を聞き、地蔵が口をきいたと氏家で話した。噂を聞いた助左ェ門らが慌てて戻すことにすると、今度は三、四人で軽々と運べたという。この地蔵は西導寺の境内にあり、定家地蔵とも呼ばれる。
原典より
ほのお地蔵さまは、草ぼおぼおんとごでも、氏家宿のごじゃごじゃ人が居っとごさ居だがったんだんべえな。—— 氏家町史 民俗編――伝説・昔話(氏家町(編)・氏家町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
氏家町史 民俗編――伝説・昔話(氏家町(編)・氏家町史)
『氏家町史 民俗編――伝説・昔話』は、氏家町の町史民俗編のうち、第五章「くらしと言語」の第一節「伝説・昔話」と第二節「ことわざ、俗言」の初めを収めたものである。昭和七年版『氏家郷土誌』の数編と町史編さん室などが集めた話から選んだ二十七話を土地の方言の語りに直して載せ、勝山城にまつわる歴史伝説や地蔵の信仰伝説が多い。各話の末に方言を主とする語注を付け、ことわざの節では日常に使われた俗言を頭の音(あ・い・う)ごとに並べる。