仲人親を務めるオマエと双系のイチマキ
どんな伝承か
小留浦ではイッケと呼ぶ同族団の縛りが強く、仲人親には一族の始祖の家であるオマエが立つことが多い。この同族は父方の血筋でつながる単系の集団である。ところが近くの峰部落では、父方は四代前、母方は三代前までを含むイチマキという双系の親族組織が結ばれていた。峰で結婚する者は嫁方・聟方ともクミオヤを仲人に立て、三年間はその家のイチマキの勤めを負い、さらに夫は妻の、妻は夫のイチマキにも加わるので、若夫婦は四つ五つの勤めを抱えた。著者は、この双系の結びつきが朝聟入りを生んだ土台だと判断している。
原典より
小留浦ではイッケ同族団の規制が強く働いているので、仲人親(世話人という)にイッケの始祖家すなわちオマエが任ぜられるという例が多い。—— 霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点(桜井徳太郎・桜井徳太郎・歴史民俗学・1977年(昭和52年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点(桜井徳太郎・桜井徳太郎・歴史民俗学・1977年(昭和52年))
『霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点』は、桜井徳太郎が一九七七年(昭和五十二年)に著し、筑摩書房から刊行した論文集である。昭和三十二年から五十年にかけて学会誌や雑誌、新聞に発表した論考を収め、民俗学と歴史研究の関係、郷土の民俗像の史的復元、古代のシャマニズムと憑霊、呪いの人形、怨霊から御霊への死霊観を論じる。後半で折口信夫の巫女観と柳田国男の祖先観を検討し、巻末にあとがきと初稿発表覚書を付す。