小留浦の婚姻習俗に潜む三つの問題点
どんな伝承か
小留浦の婚姻習俗を部落のしくみと重ねて見ると、論点は三つに絞られる。一つは世話人の性格で、下話をまとめたハシカケセワニンは婚礼の場では退き、別に立てた世話人が表に出る。東京寄りの村では村役などがその場で頼まれるが、甲州寄りの小留浦では両親の代に世話人を務めた家が代々引き受けた。二つ目は承認権で、祝宴の締めに六度まわす大盃「七五三」の最後の一つを組合惣代が納めることに、組合が結婚を認める意味が表れている。三つ目は、本来は朝聟入りであった儀礼が、意味を忘れられて聟の喰い逃げと揶揄されるようになったことである。
原典より
これはつまり、この結婚に対しての承認権を組合が行使したことの意味を表示する以外の何物でもないといえよう。—— 霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点(桜井徳太郎・桜井徳太郎・歴史民俗学・1977年(昭和52年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点(桜井徳太郎・桜井徳太郎・歴史民俗学・1977年(昭和52年))
『霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点』は、桜井徳太郎が一九七七年(昭和五十二年)に著し、筑摩書房から刊行した論文集である。昭和三十二年から五十年にかけて学会誌や雑誌、新聞に発表した論考を収め、民俗学と歴史研究の関係、郷土の民俗像の史的復元、古代のシャマニズムと憑霊、呪いの人形、怨霊から御霊への死霊観を論じる。後半で折口信夫の巫女観と柳田国男の祖先観を検討し、巻末にあとがきと初稿発表覚書を付す。