金吾兵衛の墓と霊験
どんな伝承か
小文間村の百姓金吾兵衛は働き者の孝行者だったが、若い母が夫の一周忌も済まぬうちに同じ村の勘兵衛と通じ、嫁と孫をつらく当たった。妻は疲れ果てて他界した。文政九年の暮、酒に酔った母にわが子のことで罵声を浴びせられた金吾兵衛は逆上し、母と勘兵衛、そばにいた勘兵衛の子を刺し殺し、親類の佐五左衛門に預けたわが子まで殺した。親殺しの大罪で村内大日堂脇にて打首となった。村人は戸田井の墓地に葬り、その墓に詣でると風邪とおこりに霊験があるとされ参詣が絶えなかった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
取手市史 民俗編2――将門伝説・怪異(取手市(編)・取手市史・自治体史(民俗))
『取手市史 民俗編2』第四〜六節所収の伝説・不思議な話・祟り。茨城県取手市に伝わる口承を採録する。