末西の観音像は行基作で戦火を避け池に投げ込まれた
どんな伝承か
三田市末西の観音像は、その昔千丈寺山城が焼き討ちされた際、仏像の安泰を願って池の中へ投げ入れたものと伝える。その後、宮の森に続く寺小屋の前の池の底から、毎夜のように赤子の泣くような声が聞こえた。不思議に思って池の水を抜き、底を検べると観音像が現れたので、某家の奥座敷に安置して祀り、後に堂を建てて遷したという。奥本元治によれば、この像は大和長谷寺の観音の末木を用いたもので、脇立の毘沙門天と不動明王は本尊に比べて小形で作も劣るから、後日他所から求めて補ったものであろうという。行基の作で丈八尺、今も背面に泥が付いていると伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
兵庫県民俗調査報告8――伝説(兵庫県(編)・兵庫県民俗調査報告・自治体史(民俗))
『兵庫県民俗調査報告8』第10章口頭伝承所収の伝説。兵庫県三田市周辺・千丈寺山麓に伝わる集落発祥・神社・廃寺・城跡の伝説と怪異を採録する。人を神として祀る南千丈寺山頂の松住大権現の磐座、焼き討ちされた千丈山観音廃寺、疫病神を追い払う戸守の鍾馗、法事帰りに重箱を襲う狐狸の怪、人の尿を好み小便たごを空にする狼話3題などを収める。各事例を日付・場所・人物・状況のマーカー付き事例単位で網羅した、摂津・三田の伝説と狐狼・鍾馗信仰の資料。