田毎の月と生きながら死ぬおりん婆
どんな伝承か
更科の四角い月も、姨捨の田毎の月には及ばない。棚田の一枚一枚に白い光が満ち、清らかな世界がいくつも現れる。その月をほぼ一望にできる信州姥捨の石に腰を下ろすと、捨てられた老人たちの悲しみの声が、そこここから聞こえてくるようだ。日本の姥捨伝説を踏まえた深沢七郎の『楢山節考』の恐ろしさは、捨てられること自体にあるのではない。捨てられる日を待ち、なかなか訪れない死を嘆きながら、生きたまま死んでみせるおりん婆さんの、動かしがたい存在にある。生きながら死に、死にながら生きるのが幽霊だとすれば、おりん婆さんこそ幽霊そのものだと著者は言う。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路・幽霊・文学史・昭和)