伝通院前に開かれた催眠術病院
どんな伝承か
近代の心霊学は文明開化とともに日本へ入ってきた。催眠術を医療の看板に掲げた草分けは、明治二十年代はじめの漢方医・馬島東伯だとされる。彼は自分の施す術の理屈が自分でも分からず、大学の哲学科へ説明を求めに行ったが、教授たちにも答えられなかった。のちに『お化け博士』と呼ばれた井上圓了は、この実験に熱心に立ち会って研究した。大磯で開業していた馬島は明治二十三年に上京し、小石川表町の伝通院の前に催眠術病院を構える。経営そのものは行き詰まったが、以後は術者や研究者が続々と現れた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
講座日本風俗史別巻 妖異風俗((講座日本風俗史 別巻)・日本風俗史・民俗・近代〜現代(民俗研究))
淫祠(みだらなる神仏・エロ教団の実態・はだか弁天/くすぐり弁天/おめこ大黒など性的み仏)、道祖神信仰と金精さまの地方色、邪教・新興宗教(璽光尊・殺人教ほか)、SEXに関する異妖迷信、妖術・忍術・魔術、憑霊現象と特殊家系(憑きもの筋)、心霊術・読心術・催眠術、妖婚、妖異性愛風俗まで、日本の性と妖異の民俗を網羅。