狐媚の妖
どんな伝承か
大江匡房の『狐媚記』によれば、康和三年(一一〇一)、京都洛陽の大路に狐媚之妖すなわち狐使いがいた。その者は狐を祭り、馬糞を飯とし牛骨を菜とする供膳を行っていたという。もちろんこの狐使いは詐巫で、人々から宝物を巻き上げていたことは間違いない。匡房はこれを『史記』に見える殷の妲己や九尾狐の伝説に関係づけ、その内容には饗宴・変化・色事・紅扇・狐の脚跡・酒宴といった要素があり史記本紀に近いとした。仏教に説く妖狐女人の八態にも関わりがありそうだと述べている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
講座日本風俗史別巻 妖異風俗((講座日本風俗史 別巻)・日本風俗史・民俗・近代〜現代(民俗研究))
淫祠(みだらなる神仏・エロ教団の実態・はだか弁天/くすぐり弁天/おめこ大黒など性的み仏)、道祖神信仰と金精さまの地方色、邪教・新興宗教(璽光尊・殺人教ほか)、SEXに関する異妖迷信、妖術・忍術・魔術、憑霊現象と特殊家系(憑きもの筋)、心霊術・読心術・催眠術、妖婚、妖異性愛風俗まで、日本の性と妖異の民俗を網羅。