見付宿の三か所代参見送り
どんな伝承か
見付宿の御札降りは慶応三年八月十七日(あるいは十五日)にはじまった。二十六日には伊勢神宮・秋葉山・豊川稲荷の三か所への代参を、町中で見送っている。「水野家覚書」によれば、伊勢大神宮へは二人、路銀二両二分、奉納金三両、秋葉山へは三人、路銀一分二朱、奉納金二両、豊川稲荷へは三人、路銀は不明で奉納金二両であった。御札降りにともなう宮参りが秋葉山をめざした例は多い。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・現代(歴史研究))
歴史学者・田村貞雄による、1867年(慶応3)の民衆運動『ええじゃないか』の起源を三河地方の御札降りから検証した歴史研究『ええじゃないか始まる』。伊勢神宮などの御札(御祓)が空から降る『御札降り』を発端とするこの運動の最初期を、従来説より早い7月中旬の牟呂村(豊橋)に特定。神職の記録『留記』を分析し、慶応3年7月14日大西村での御札降り、子と妻の死、宮司森田光尋による『二夜三日正月』の決定と開始、各地への祭礼の波及を辿る。